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#16 愛するということ 〜フロムが説く「愛の技術」〜Blur image
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なないナイト #16 — 毎週金曜よる9時配信のポッドキャスト「なないナイト」。今回はエーリッヒ・フロムの『愛するということ』を手がかりに、愛について考えました。

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今回のテーマは「愛」です。

エーリッヒ・フロムの『愛するということ』という本を軸に、「愛されること」と「愛すること」の違いを考えました。文字起こしが取得できなかったので、RSSに書いたトピック概要をもとに、このエピソードで話したかったことを整理してお届けします。


愛は「感情」より「技術」?#

フロムの主張の核心は、愛は感情ではなく技術だということです。

「好き」という気持ちが湧いてくる。相手に惹かれる。それは確かに感情です。でもフロムは、愛をそこで終わらせませんでした。相手を知り、関わり続ける。そのための姿勢や実践こそが愛だ、と説いています。

この話を録音しているとき、ないないは「愛を気持ちではなく、相手を知り続ける行動として整理したい」と話していました。気持ちがあっても行動が伴わなければ、それは愛と呼べるのか。フロムの問いは、そこにあるのだと思います。


「愛されたい」と「愛したい」#

ここで一つの線を引いてみます。

「愛されたい」と「愛したい」。

似ているようで、方向が逆です。「愛されたい」は自分に向かう願望です。誰かに認められ、大切にされ、求められたい。一方「愛したい」は相手に向かう意志です。誰かを知り、誰かのために何かを差し出す。

フロムは、現代人の多くが「愛すること」の技術を学ぼうとせず、「愛されること」ばかりを追い求めていると指摘しました。魅力的になること、成功すること、好かれること。それらはすべて「愛されるための」努力です。愛するための努力ではありません。

今回のエピソードでは、この「愛されたい」と「愛したい」のあいだで、自分がどちらに重心を置いているのかを振り返りました。


孤独の牢獄から抜け出す#

人間は誰でも孤独です。一人で生まれ、一人で死ぬ。その事実から逃げることはできません。

でもフロムは、孤独そのものが問題なのではなく、孤独を埋めるための「方法」が問題だと言います。誰かに依存して埋めるか。物や消費で埋めるか。それとも、自分から誰かに向き合うことで、孤独の壁を少しずつ崩していくか。

なおてぃはこの話の中で、「一人でいること」と「孤独の中にいること」は違う、という視点を出しました。物理的に一人でいる状態は、必ずしも苦しいものではありません。本を読んだり、散歩したり、自分の考えを整理したり。一人の時間は豊かな時間にもなります。

一方、孤独の中にいる状態は、誰かがそばにいても起こる。「言いたいことが言えない」「わかってもらえない」「つながっている気がしない」。そこにあるのは、人数の問題ではなく、関係の質の問題です。


母性愛・父性愛・恋愛・友愛#

フロムは愛を四つの形に分けています。

  • 母性愛 — 条件なしで受け入れる愛。あなたがそのままの姿であっても、大丈夫。無条件の肯定です。
  • 父性愛 — 条件つきの愛。頑張れば認められる。正しく振る舞えば評価される。成長を促す愛です。
  • 恋愛 — 一人の人と向き合う愛。排他的で、相手の全体性を知ろうとする。
  • 友愛 — 対等な関係の中で育つ愛。義務や役割を超えて、人と人として向き合う。

この分類を知っただけで、「自分が今、どんな愛に欠けているのか」が少し見えてきます。母性愛に飢えているのか、父性愛に背中を押してほしいのか、それとも対等に語り合える友愛なのか。


見返りを求めずに差し出す難しさ#

フロムの愛の論理で、もっとも難しいのは「与える」という行為です。

与えるとは、何かを手放すことです。時間をあげる。関心を向ける。相手を知ろうとする。それは自分から何かを差し出す行為で、見返りを期待してはいけない。見返りを求めるなら、それは取引であって愛ではない。

これがむずかしい。人間は本能として「自分のために動きたくなる」生き物だからです。何かをしてあげたら、何かを返してほしいと思う。それ自体は自然な感情です。でもフロムは、愛の技術を磨くとは、その本能と手を取り合いながら、少しずつ見返りを手放していく作業なのだ、と言っています。

ないないはこの点について、「自分のために動きたくなる本能と、誰かに差し出すことの間を考えたい」と話しました。本能を否定するのではなく、その中でどう差し出すか。それが愛という技術の核心なのかもしれません。


宗教と愛のつながり#

最後に、フロムは宗教と愛のつながりにも触れています。

宗教とは、人間が孤独の恐怖にどう向き合ってきたかの答えの一つです。神を愛する、教えを守る、共同体に属する。それらはすべて、孤独の牢獄から抜け出すための方法でした。

フロム自身は特定の宗教を信じる人ではありませんでした。でも彼は、宗教が人間の「愛したい」という根源的な衝動を形にしたものだと捉えています。愛は宗教だけのものではありません。でも宗教が教えてきた「他者に向き合う姿勢」は、愛の技術と無縁ではないはずです。


今回のエピソードを聴いてほしい人#

  • 「愛されているかどうか」ばかり気になってしまう人
  • 与えることと、見返りを求めることのあいだで揺れている人
  • 孤独と一人の違いを考え直したい人
  • フロムの『愛するということ』をきっかけに、愛について深く話してみたい人

毎週金曜よる9時配信。掃除や洗濯のおともにどうぞ。お便りもお待ちしています📮


他のエピソードも聴いてみる#

#16 愛するということ 〜フロムが説く「愛の技術」〜
https://nainaism.com/blog/nanainight-16-art-of-loving
Author Nainai
Published at 2026年8月24日
Category Life